「朽ちていく」
私はいつ日からか原因不明のアレルギーに犯されている。今も尚それは続いている。
断続的に起こる寒気、眩暈。もっと酷い場合は嘔吐し、意識がなくなる。
薬もいくつも試してみたがどれも効果はない。だがここ数年で信じ難い事実がわかった。
今でも信じられないことだし信じたくはない。
私は第三者からなる笑い声でアレルギーが起きてしまう。
笑いのアレルギーなのだ。
他人の笑い声、それがクスッとした笑いでも声に出してしまえば私は鳥肌が立つ。
これは誰にも言えない秘密だ。
自分自身の親にもそれは言えない。
しかしもう限界だ。
誰かにこのことを話して楽になりたい。
何度か友人に話したが、反応は冷ややかものだった。
きっとキチガイと思われているに違いない。
声には出さないにしろ、眼が私をそう見ていた。
その眼が今でも忘れられないその眼は克明に思い出せてしまう、軽蔑に満ちた眼をしていた。
眼を閉じると、その眼が私を見ているときがあった。
汚いゴミでも見るような眼。
私はその眼が怖い、だから病院へ行き精神科に行こうと思った。
も病院は静かでいい…。どれだけ人が集まろうと静かだ。大きなところで人が集まるが誰も大きな声で喋ろうとしない。
しかし例外はいつもどこにだってある。子どもだ。
子どもの発した無邪気な笑い声で、私は呼吸困難に陥り息ができなくなった。
改めてこの病の恐ろしさを知り、まだ診察を受けていないのにも関わらず途中で抜け出した。いつもは人の声が聞こえない程度の音量で音楽を聴いている。
だが周囲の人は迷惑そうに私を見ている。
それはわかっている。だが私はやむ終えないのだ、こうする以外にないのだ。
一度耳なし芳一のように耳を削ぎ取ってしまうかと思ったことがある。
刃物を持ってゴッホのようにしようと思ったが、どうしてもダメだった。
どうして人は笑うのだろう? どうして人は、人の笑い声を聞いても平気なのだろう?
私はいつから笑っていない? 私の顔は能面のような顔になりその下にある顔は笑っている。
しかし私の顔は表情がなく最近では怒り、悲しみさえ表情に出ない。
もう私は朽ちていくしかない。
私はこの日記を綴っていく。本当は手記の方が死んでしまったときに私の筆跡が判り、自殺と断定できると思うが、このキーボードには私の指紋が大量に付着している。
だからこの文面は私が書いた、ということがわかるだろう。
それに、このパソコン自体が私の所有物なのだからこのパソコンにログインする場合はパスワードが必要で、私以外にはパスワードは誰も知らない。誰も思いつかないようなパスワードにしてある。私が記憶喪失になったら誰もここには立ち入れなくなる。
そう…これでいいのだ。
誰でも他人には言えない一つや二つの秘密があるはずだ。
その一つがこのアレルギーなだけ。
いつからは私は笑わなくなってしまったのだろうか?
この仮面は永遠に取れることはない。そう永遠に…。
私は一生笑うことができないのだ。
そういえば自分自身が笑ったのはいつだろう…もう思い出せない。
いつからだろう、私自身が見えていなかった頃なのは…。
果てる前に笑おうと鏡を見て笑おうとする。ダメだ…。
口端が上ってくれない。どうしても痙攣してしまう。
これは恐怖からなのか、それとも長年笑っていないせいなのかはわからない。
だがどちらにしても私は笑えないのだ。もう二度と…土に返るそのときまで私は笑えないまま、このまま私は朽ちていく。