真空のシルソフィア

 

 

 

 

少年は空を見上げる。

 

“僕はこの空になってから何故周りの事が気にならないのだろう?”

 

爆音・悲鳴・呻き・・・・。

 

“僕はこの空になってから何故死を恐れなくなったのだろう?”

 

見上げる空は白い。

 

“僕はこの空になってから何故憎しみに染まってしまったのだろう?”

 

白い空に巨大な鋼鉄の鳥が飛び、地上へと死を振り撒いていた。

 

“僕はこの空になってから・・・・・

何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・何故・・。”

 

「甲殻端子起動・・・粒子圧縮開始・・・空想(イメージ)開始。」

少年の腕が光りだす。

 

“僕はこの空になってから何故この力を手に入れてしまったのだろう?”

 

少年の頭の中に浮かぶ、恋人だった人物の笑顔。

 

“あぁ・・・そうか・・・だからか・・・。”

 

少年は空を憎しみを込めて見つめる。

その少年の横には黒い翼を生やした鋼鉄の巨人が立っていた。

 

 

 

 

 

『幻鳥は自衛隊の幻装機を撃破しつつ飛行を続けましたが、シルソフィアにより撃墜されました。

しかし、撃墜した幻鳥の落下地点は人口密集地であり多数の死傷者が出て・・・。』

 

制服を着た少年は街頭ビジョンで流れるそんなニュースに気を止めずに歩みを進める。

 

『幻鳥が墜落した場所から半径10キロが幻霧に汚染されて進入禁止らしいぜ』

少年の横を通り過ぎる少年と同じ制服を着た学生たちの会話・・・・。

 

少年は目的の場所へとたどり着く。

それは公立の高校・・・これから少年が通う場所であった。

少年は職員室へ行き、担任となるであろう教員から様々な事を聞かされ、教室へ案内される。

先に教室に入った教員はざわつく教室で生徒に席につく様に声を上げ、少年を教室に促す。

「では自己紹介を・・・・・。」

少年はその場にいた生徒全員に対して、【壁】を作った。

「僕は白鳥 真空(シンク)・・・皆さん、僕に係わらないでください。」

 

少年・・・真空は“ある目的”だけのために生きている。友人関係など必要が無かった。

自己紹介の時に築いた【壁】はしっかりと働き、朝の朝礼と1限目の間の時間、

クラスメートは彼の座る席に近づこうとせず遠巻きに見るだけだった。

その時だ、廊下から慌しい足音を立てて誰かが教室に走りこんでくる。

「おっはよぉ〜〜〜♪遅刻しちゃった!」

走りこんできたのはすらっとした体に長い髪をポニーテールに纏めた少女。

学生用の鞄と部活用であろう鞄を持っていた。

「あ、おはよう江美ちゃん♪」

入り口近くに居た女子生徒が走りこんできた少女、江美に挨拶するとそれが合図のように女子生徒数人が彼女の周りに集まる。

真空は興味を持たず視線を窓の外に移そうとしたとき、江美と視線があう。

すると江美は周りの女子生徒と一言二言話した後、周りが止めるのを聞かずに真空に近づいて右手を差し出す。。

「私は蒼衿 江美(あおそで えみ)、これからヨロシクね♪」

真空が拒絶の空気を出しているのにもかかわらず、気にしていないのか気づかないのか、

江美は微笑みを浮かべたまま動かない。

「僕に構わないでください。」

真空はそう言って江美をにらみ付けると、差し出していた右手を動かし・・・、

「えいっ!」

真空の額にデコピンをかます。

凍りつくクラスの生徒たち。額を押さえる真空。

「右手差し出して、挨拶してるんだから自己紹介くらいしてくれてもいいでしょ?」

「わかりました。僕は白鳥 真空。他の方にも言いましたが僕には係わらないでください。」

真空の言葉にタイミングを合わせるように1限目開始のチャイムが鳴り、担当教員が入ってくる。

「それじゃあ私は席に戻るわね。よろしく、真空君!」

真空はそれを無視するかのように窓の外へと視界をずらした。

 

 

 

昼休みを告げるチャイムがなるとクラス内では購買に走る生徒、友人同士で机を合わせて弁当を開く生徒に分かれる。

そんな中、真空はコンビニのビニール袋を持って、階段を上がる。

行き着いた先のドアを開けると、まだまだ冷たい空気と、真っ白な空。

真空はフェンスに体を預け、袋の中からパンを取り出して、

飲み物で流し込むようにして食事を済ませると、ゆっくりと空を見上げる。

「さむっ!部活で慣れてるけどやっぱり屋上は格段に寒いわね〜。よくこんな場所で食事できるわね・・・。」

空に向けていた視線を屋上の入り口に向けるとそこには弁当箱を持った江美の姿。

そして当然とでも言うかのように真空の横で弁当を広げる。

「僕に係わらないでくださいと言ったはずですが・・・。」

「別に係わってないわよ、私はここで食べたかっただけ。」

真空は“そうですか。”と屋上の出入り口に向かう。

「あぁ!!ちょっとまった!ごめんごめん、ちょっと真空君が気になってさ。」

江美が慌てて言うが真空は出口への歩みを止めない。

「真空君の目!!何でそんなに悲しそうなの!?」

真空は向きはそのままに歩みを止める。

「悲しそう?僕の目が・・・ですか?」

「ええ、自己紹介したときにね・・・気づいたんだけど。

涙を流すわけでもないんだけど・・・何か大切なものを失ってしまったかのような。

おせっかいなのは分かってるわ、でも気になっちゃって・・・・。」

「・・・・・たしかにおせっかいですね・・・別に悲しいわけでもない・・・僕は・・・。」

その時だった、耳障りなサイレンが学校だけでなく、街中に響き渡る。

そして遠くの空では爆音と爆発の光が見える。

「幻鳥!?真空君、早く避難しなきゃ!!!真空君・・・・・?」

江美は校内に入ろうと走り出すが、真空はその場で立ち止まったままだ。

「甲殻端子起動・・・粒子圧縮開始・・・空想(イメージ)開始。」

真空はゆっくりと右腕を空に掲げる・・・その腕は光り輝いていた。

「出でよ・・・・・鋼鉄の堕天使・・・シルソフィアぁぁぁぁぁ!!!!」

右腕から放たれた光がその場を包み込む。

光が収まり、江美がユックリと目を開けると・・・・校庭には何もかもを取り込んでしまいそうな真っ黒な鋼鉄ボディを持つ人型の巨人。

その大きさは高校の校舎を優に越すほどの高さを誇っていた。

しかし江美の視線を奪ったのでは、背部に付いている鋼鉄のボディとは正反対に生物的な黒い翼であった。

「天使・・・・なの?・・・・・・・・・・・・・・真空君!?」

走り出す足音に、ハッとなった江美はその巨人の胸部にあるコクピットらしき場所に乗り込もうとする真空を視界に捕らえる。

「貴方がシルソフィアのパイロットだったの!?」

呼びかけられた真空は振り返り、江美と目を合わせると同時にコクピットが閉まった。

シルソフィアと呼ばれた巨大な鋼鉄の堕天使は翼をはためかせて空へと飛び立つ。

「やっぱり悲しい目・・・・・してるじゃない・・・・。」

 

 

“真空君の目!!何でそんなに悲しそうなの!?”

何故か頭に残る江美の言葉を、頭を振り払う事で追い出した真空はユックリと操縦用らしきレバーを握り締める。

スクリーンには間近に迫る鋼鉄の鳥の姿。

「僕は死を恐れない・・・だけど僕は死ねない・・・・優希を殺したお前らを全て滅ぼすまでは。

消え去れぇぇぇぇぇ!!」

シルソフィアの手には、漆黒の大鎌が握られており、それを鋼鉄の鳥に向け勢いよく振り下ろした。

 

 

『昨日・・・・再び現れた幻鳥は再び現れたシルソフィアにより撃墜されました。

撃墜された幻鳥は山間部に落ちた為、被害は少ないことが予想されますが、

やはり墜落地点付近は幻霧が充満しており、近づく事は困難で・・・・・』

通学路にある街頭ビジョンが朝のニュースを映し出している。

真空はユックリと高校に向けて歩みを進める。

そしてふと立ち止まり白い空を見つめる。

「おっはよぉ〜〜〜真空君♪」

立ち止まっていた真空の横に歩いてくるのは江美だった。

「僕には係わらないでくださいと何度も言ってい・・・・。」

「私決めたの。」

「はぁ?」

呆れた表情で横にいる江美に視線を移すと、江美は何かを決意した目で真空を見つめる。

「何で悲しい目なのかは追求しない・・・・、

だけどね、その代わりに絶対真空君の笑顔を見てやるんだから・・・・!!」

「もう言っても無駄のようなので勝手にしてください・・・。」

「そうするわ・・・ってちょっと!置いて行かないでよ!!」

真空は大きく溜息をつき、歩みを再開する。それを笑顔で江美が追いかける。

空は白い・・・・。

しかしその白さは漆黒の堕天使が飛び・・・舞うにはとてもよい空。

そう、広く暖かな白が、孤独な黒を抱きしめているかのように・・・・・。

 

 

 

 

END

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